西東京市多文化共生センター
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     NIMIC通信 No.107(2015年5月号)
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┏ [12] キーワードを読む
      「多文化共生」について理解を深めるために(101)
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 NIMIC設立の理念のなかで大きなウェートを占める「多文化共生」。 この言葉をキーワードに、2006年9月号から多文化共生に関わる本の紹介を始めました。
 第101回目の今回は、ポーランドの方が日本語で書いた本をご紹介します。

「シュピルマンの時計」 クリストファーW.A.スピルマン著
2003年9月 小学館

 皆さんは「戦場のピアニスト」(ロマン・ポランスキー監督)という映画をご存知ですか?
 ユダヤ系ポーランド人ピアニストのシュピルマンの伝記に基づく映画で、カンヌ映画祭パルムドールや米アカデミー賞を受賞しました。
 ワルシャワに住んでいたシュピルマン一家6人はナチスのポーランド侵攻によりゲットーへ強制移住させられ、収容所へ送られ皆殺されます。
 シュピルマン一人が列車に乗る前に助けられ、友人知人に、最後はドイツ国軍の将校にかくまわれて奇跡的に生き延び、終戦を迎えます。
 この間のことは自伝『ある都市の死』(1946年)に詳しく語られています。
 このポーランド語で書かれた本が1998年ドイツ語に、1999年英語に翻訳されたことで世界中で評判になり、映画化されました。
 戦後はピアニスト・作曲家として世界的に活躍していたシュピルマンですが、映画の完成直前に亡くなったそうです。
 シュピルマンは戦後ポーランドの女性と結婚して、男の子が二人生まれました。その長男が今回紹介する本の作者、クリストファー・スピルマンです。
 イギリス、日本、アメリカなどの大学で学び、日本人女性と結婚し、現在は九州産業大学教授であり、専門は日本近代政治思想史とのことです。
 この本には映画以降の話が描かれているわけです。
 戦争前ポーランドの人口は3,000万人、その一割がユダヤ系でしたが、戦争終了時の人口は2,400万人だったそうです。
 ドイツやソビエトとの複雑な関係、社会に残る戦争のしこり、冷戦時共産党の独裁政権下にあったポーランドの人々の生活と、ピアニストの父シュピルマンの心に残る戦争の深い傷。
・・・といっても決して暗い本ではなく、大変読みやすい文章で書かれており、淡々と歴史を見つめていることに感動を覚えました。
 ホロコーストを描く本はいろいろと出ていますが、過去の出来事として話が終わるものばかりです。
 その後が描かれ、現在にまでつながるものは珍しいと思いました。
 本の初めや見返しにある著者スピルマン氏のにこやかな写真や穏やかな語り口に、実にホッとします。
 はるばる日本で生活されていること、国家や民族という考え方から抜け出した自由な人生観に、私は未来社会の姿を感じてしまいました。
 映画「戦場のピアニスト」を見て、この本もお読みください。
 この日本語で書かれた本は、ポーランドでは出版されているのでしょうか?
  (NIMIC会員 根本 百合)


 
 
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